あとがき

 千葉にある成田山の山門の横に、二宮金次郎ゆかりの史跡が今でも残っている。桜町の仕法に行き詰まった四十三才の金次郎が籠もったという、参籠堂と水行堂である。

 二十一日間の修行の後、彼は再びよみがえり、以後本書で述べたような大活躍をすることになる。二宮金次郎が悟りを開いた「聖地」であり、後世の人たちが金次郎の偉業を顕彰した石碑も立っている。

 しかし、この出来事は二宮金次郎にとってはほんの一瞬のことに過ぎない。彼は七十年の人生の全てを実に有効に使って、一つの大きな「問題」を解決したのだ。貧困や衰亡に苦しむ人々、これは何も農民だけでなく、武士や町人も含めてのことであるが、こういった人々を救うためのシステムを作り上げたのである。

 問題解決といえば、日本の産業界における品質管理のセオリーとして、QCストーリーなるものがある。まず、現状を把握し、改善後の目標を設定する。次に問題の原因について解析し、真の要因を潰すための対策を立案する。対策実施後には、その効果を確認し、問題が再発しないように歯止めをかける。

これを何度も繰り返すことによって、品質を向上させていくのである。言われてみれば当たり前のことであるが、現実に実行するのは結構難しいことが多く、要因解析の手法には統計学や発想法などの学問的成果が取り込まれている。

 少し説明が長くなったが、実は二宮尊徳の人生そのものが大きなQCストーリーであった。七十年の人生を四つに分けると、約十七年が一単位となる。それぞれの位置付けを一言で表すと次のようになるだろう。

年齢 QCストーリー 区分 内容
0〜二十才独立迄 現状把握、目標設定 学問、問題意識醸成
〜三十七才桜町仕法引受け迄 要因解析 報徳理論の仕込
〜五十四才雛形作成開始迄 対策立案・実施 報徳理論の実践
〜七十才 没迄 効果確認と歯止め 仕法雛形の作成

 さて、現代に生きる我々について見てみるとどうであろうか?

 二宮金次郎の時代よりは、寿命も男七十六才、女八十四才と伸びたので、二十年を一セットにして四つに区切ると、だいたい次のようになるだろう。

年齢 QCストーリー 区分 内容
0〜二十二才大学卒業迄 現状把握、目標設定 学問、問題意識醸成
〜四十二才在職二十年迄   要因解析 人生経験の仕込
〜六十才企業社会定年迄 対策立案・実施 実践または新展開
〜八十才 没迄 効果確認と歯止め 何を形に残すか?

 私ももちろんだが、多くのビジネスマンは二宮金次郎のような歴史的評価に値するような立派な業績を残すことはかなわないだろう。しかし、日々の仕事の中でちょっとした新しい仕組みを考え出すなど、些細なことでいいから何かを残すことはできるのではないか?

 自分の人生のQCストーリーはどのようなものか。そんなことを考えるきっかけになれば、本書にとって、もうそれ以上望むことはない。

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