第四章 蒸発そして成田参籠

 

「これが名主たち連名の嘆願書だ。二宮のやり方は困窮者を増すばかりであり、即刻仕法を中止してほしいと書いてある。目を通してみるがよい」

 小田原藩江戸詰め家老は、そう言って書状を二宮金次郎の目の前に放り投げた。

「いえ、結構です。おおよそのことは承知しております」

 江戸藩邸に呼び出された金次郎は、藩主大久保公の面前で、詰問を受けていた。

「承知しておるとな。では、その方としてはこれをいったい如何致すつもりじゃ」

「・・・」

 しばらくの沈黙の後、桜町から金次郎に随行してきた村人代表が、思いきって口を開いた。

「恐れながら申し上げます。そこに訴え出たのは桜町のほんの一部の者にしか過ぎません。豊田様を後ろ盾にした腹黒き者たちでございます。ことごとく二宮様のやり方に反対して仕法を妨害しているのです。そこに名を連ねた名主たちは、昔のように農民たちを搾取できなくなったので、二宮様を何とか排除したいのです。二宮様は何も悪くはありません。日夜、我々のために・・・」

 発言を押し止めるように手で制して、金次郎はおもむろに口を開いた。

「私は己を正当とし、人を不当とするような意思はございませぬ。何も曲直を弁明しようとも思いません。すみやかに私の任務を解かれ、訴えた者にこれをお任せ下さい。彼らが果たして桜町領を再興できましたならば、誠に幸いであり、それこそ私の願うところでございます」

 二宮金次郎はゆっくりと、しかし、はっきりした口調で述べてから、大久保公に向って頭を下げた。

 だが、大久保公は無言である。

 家老が引き取って続けた。

「何もそう短絡するでない。豊田正作に任せてうまくいくものなら、とっくにそうしておるわ。あいつが、お前のやることなすこと全てに盾突くのは、上役としての威厳を示したいだけだろう。豊田だって何も根っからの悪人ではあるまい」

「・・・」

「お前の積年の苦労は存じておる。これからも桜町の再興はお前に任せたい。だが、ここで豊田正作を左遷したならば、あいつはますますヤケになり、今度こそ誰にも相手にされなくなるであろう。正作を救ってやってくれ」

「・・・」

「そちには期待しておる。うまくやってほしいのだ。もうしばらく様子を見るということでどうじゃ」

 家老がしきりに説得を繰り返すのを、大久保公は黙って聞いているだけであった。

「承知つかまつりました」

 金次郎はそう答えるしかなかった。これ以上家老の言を聴くに耐えられなかったからである。

 小田原藩江戸藩邸を退出した金次郎は、脱力感に全身を包まれた。まったく足が前に進まない。

 やっと宿屋にたどり着いたものの、夕食も取らずにそのまま床に就いた。

 だが、とても眠れるものではない。頭が冴えて一睡もできないまま夜明けを迎えた。いや、この日だけではない。ここ十日間ほど、ずっと眠れない夜が続いている。疲れ切っているはずなのに眠れない。

 今日は、藩から何らかの救いの手が差し伸べられるのではないかと期待していた。だが、何のことはない。ねぎらいの言葉をかけてもらっただけで、結局事態は何一つ変わらなかった。一言で言えば、良きに図らえ、うまくやれということだ。具体的な支援は何もない。

〈これでは見殺しというものではないか〉

 とてもこのまままっすぐ桜町に帰る気にはなれなかった。

 金次郎の気持ちを察したのであろうか、供の村人の一人が一つの提案をした。

「今は真冬、畑仕事もありません。あわてて桜町に帰る必要もございますまい。どうでしょう。川崎大師にでもお参りをしてから戻ってもよろしいのではないでしょうか」

 金次郎にとって、この申し出はまさに渡りに舟であった。桜町とは反対方向へ行くというだけでも救われる思いであった。

 大師の門前はたいそうな賑わいであった。同行の者たちは、仲見世を行ったり来たりして家族への土産選びに余念がない。

 だが、金次郎はそんな気分にはなれなかった。一人境内の弥勒堂に籠もり、自問自答していた。

〈俺は桜町復興のために全身全霊を捧げているつもりだ。しかし、私の誠意は通じず、反対する人たちがついに藩公に直訴した。私は首にもならず、ただ藩はうまくやれと言うだけだ〉

 仲見世の活気とはうって変わって、お堂の中は静まり返っている。

〈今こうして神仏に祈るしかないのか。だが、それで何が変わるというのだ。自分はいったい何をすればよいのだ〉

 東国における真言密教の根本道場で、金次郎は悩みの極にいた。

「もし、弘法大師様なら如何なさいますか。お教え下さい」

 もちろん木の仏は何も言わない。ただそこに立っているだけである。

 結局何の答も見出せないまま帰途につくことになった。

 日光街道を北上し、草加、春日部を経てやがて下野の国に入ったのだが、桜町がだんだんと近づくにつれ、足がどうにも前に進まなくなった。

 小山の手前でついに金次郎は決心をした。

「わしはちょっと水戸に用事がある。申し訳ないが、皆は先に桜町に帰っていておくれ。用事が済んだらわしもすぐに戻る」

 そう言い残して一行と別れた。水戸とは言ったが、別に用などは無い。偽りである。とにかく桜町に行く道とは別の道を選びたかっただけであった。

 再び南下して下総の国に戻ると、急に心が軽くなった。

「さて、どうするか・・・。これといって当てもないが、まあ、もう一度川崎大師の続きでもするか」

 結局彼が目指したのは成田山であった。とりあえずはそこにしばらく滞在するということだけで、後のことは何も考えていなかった。

 現代で言えば、蒸発、あるいは出社拒否といったところであろうか。

 彼は成田山の門前にある一軒の宿屋の敷居をまたいだ。

「私は心願があって、この成田山で祈誓する者です。しばらくここに逗留させていただきたい」

「ようございます。どうぞお上り下さい」

 亭主はそう答えてしまったが、客が物腰柔らかで余り武士らしくないのを見て不審に思った。そこで、念のために住所氏名を訊ねた。

「小田原藩の二宮金次郎と申す」

 金次郎はそう言って、七十両を懐から取り出し、宿屋の亭主に預けた。

  亭主は一瞬たじろいだ。武士が職務を放り出して修行に来るなどということは、普通あまり考えられない。おまけに、七十両という大金を所持している。顔色も悪く、目の回りには隈もできている。ひょっとしたら狂人ではないのか。どうにも薄気味悪い。亭主はますます怪しんだ。

「恐れ入ります。今日は手前どもには混雑することがございますので、他を当たっていただけませんでしょうか」

 亭主は、上目使いに客の顔をのぞき込んだ。

 金次郎が七十両という大金を預けたのは、蒸発者の心理をよく表している。たしかに一年くらいは滞在する覚悟もあったのであろうが、それよりもむしろ後ろめたさの裏返しと言った方がよいかもしれない。心の弱みを見せたということだろうか。宿屋の主人が疑念を抱いたのも無理からぬ所である。

 だが、金次郎は筋の通らないことは生来大嫌いな性格である。亭主のこの手の平を返したような態度は許せなかった。

「初めに受け入れておきながら、すぐに前言をひるがえすとはどういう了見だ。わしを見下しておるのか。返答次第では許さぬぞ」

 金次郎が大音声で叱りつけると、亭主は顔をひきつらせて平謝りに謝った。

「も、申し訳ございません。お部屋はございます。どうかお許し下さい」

「まあ、よい。お前の不審の念ももっともだ。わしが本当に小田原藩士であるかどうか、これから江戸へ急使を遣るので、確認するがよい」

 蒸発はしても、所在を明らかにしておくという役人としての最低限のルールだけは踏み外したくなかった。そこで、藩宛ての文を宿屋の丁稚に託したのである。ただし、桜町陣屋ではなく、江戸藩邸へ通知したというのは、金次郎の気持ちをよく表している。

 成田から江戸へは十二里(約五十km)、一日行程の距離である。翌々日には戻ってきた丁稚の報告により、飛び込みの客が紛れもなく時の老中大久保忠真の家臣だとわかって、宿の亭主はあらためて頭を下げた。

「一昨日は大変御無礼を申し上げました。天下の執権様の御家来衆ということも存ぜず、申し訳ございませんでした。お詫びのしるしといっては何ですが、あなた様が修行をなさるとお聞きしましたので、是非お坊様を御紹介させてください。私に心当たりの師がおります。成田山きっての博学と評判の、照胤と申す和尚様です」

 翌日、金次郎は、その僧を訪ね、ことの経緯を話して入門を求めた。

 金次郎の話しぶりから、彼の心が疲れているのを見て取った和尚は、静かに口を開いた。

「自分はこんなに皆のために頑張っている。それなのに、誰にもわかってもらえない。そういうことで、不満や焦りがおありのようですな」

「いえ、別に焦ってなどおりませぬ」

「そうですか。まあ、人に高く評価されたいという気持ちは誰にでもある。しかし、人一人の力などタカが知れたものじゃ。今までずっと自分を大きくしようと努力してきたようだが、壁に突き当たり、うまくいかなくなった。どうです、今度は逆に自分を小さくしていったら」

「自分を小さくする・・・?」

「ええ、つまり断食修行をするのです。桜町の人たちのために願掛けをやるのではない。自分のためにやるのですぞ。何も食べない。何も考えない。頭を使わない。五臓六腑も使わない。自分をどんどん小さくしていって、無にまでもっていくことができれば、また違う世界が見えてくるかもしれませんぞ」

 金次郎は、全く初対面の和尚に核心を見透かされたような気がした。

〈全くその通りだ。今の自分は本当に焦りの気持ちで一杯ではないか。本当に無になれるかどうかはわからないが、素直にその言に従ってみることにしよう〉

 そう決意した金次郎は、体調を整え、二十一日間の断食修行に入った。始めの七日間で徐々に食事の量を減らしていき、中の七日間は全く食を絶つ。そして、終わりの七日間で、また徐々に食事の量を増やしていき、常に戻すのである。

 初めの減食の七日間が終わり、絶食の中七日間に入った。最初の三日間ほどは少し空腹感を覚えたが、もともと食欲も湧かないほど疲れきっていたので、苦にはならなかった。毎日、論語や大学などの古典を読んだり、ぶらぶら寺内を散歩していると、桜町でのイザコザによってずたずたになった心が少しずつ修復されていくような気がした。

〈陣屋の役人や村人達はどんな反応を示しているだろうか?〉

〈私がいなくなって事態は変わっているのだろうか、それとも何も変わらないのだろうか?〉

〈それからお殿様はどのようにお思いになっておられるだろう?〉

 渦中にいる自分を、それとは離れた別の自分の目で客観的に見ることができるくらいの余裕が金次郎には生じていた。職場放棄をしているという後ろめたさはあまり無かった。この”実験”を楽しむような気分である。

〈参籠とは、我ながら実にうまい手立てを思いついたものだ。村人を救うための修行という名目が立つのだから。一月も休養すれば、少しは元気になるだろう〉

 だが、絶食の中七日間も後半に入ると、さすがにしんどくなってきた。頭がボーとして本を読む気にもなれない。毎日続けていた境内の散歩もうとくなってきた。ただ不動明王と対峙して座禅を組むばかりである。

 二日前に真っ黒な便が大量に出て以来、あとは全く出るものもない。いわゆる宿便というものだろう。体の毒素が全て出きって、かえってすっきりした感じである。口臭もひどいが、これも体の大掃除が行われている証拠だろう。

〈和尚の言った全てを無にするとはこういうことか。頭もからっぽ、お腹もからっぽ。ここにある自分は全く無力な存在である。ただ、天によって生かされているだけではないか〉

〈自分は、今まで桜町の人たちを自分の思い通りに作り変えようとしていたのではないか。昨年出した出村禁止令も間違いであった。村人を縛り付けようとする愚策であった〉

 金次郎は、不動明王に対して自分を素直にさらけ出した。

 最後の七日間では少しずつ食事量を増やしていく。わずか椀一杯の粥でも、体の隅々まで行き渡って、栄養として吸収されていく実感がある。自分が無であれば、どんなものでも受け入れることができる。

〈そうか。桜町でも全てのものを受け入れよう。この世に生きとし生けるものは、皆、天の恵みである。無頼の者には無頼なりの尊さがある。どんなに自分に反抗する人間であっても、自分にとって栄養にならないものは無いのだから〉

〈今まで自分は己の力を過信し、人を支配しようとしていた。しかし、一人一人にはそれぞれの人生がある。皆尊い人生だ。自分が正しく、他が誤っているとなぜ言えようか? そうか、お釈迦様がおっしゃった天上天下唯我独尊とはこのことではなかったのか? この世に生を受けた我々は皆それぞれに尊いのだ〉

〈そうだ。村人一人一人をそのままに受け入れればそれでよいのだ〉

〈この二十一日間の断食修行で、自分は生まれ変わったのだ〉

 何だか、体の廻りの殻が取れて脱皮したような気分である。そう言えば、今まで左下腹部にあったもやもやした固まり、おそらくこれが焦りの気持ちのもとだったのであろう、そのしこりがいつの間にか消えている。

 金次郎は照胤和尚に丁重に礼を述べ、桜町に戻る支度を始めた。

 ところでこの時、藩の方の動きは一体どうなっていたのだろうか。

 金次郎が成田山に一ヶ月以上も籠もったままだと聞いた藩の重役たちは、たいそう驚いた。

「二宮なしでは桜町の復興は挫折するだろう。何としても戻ってもらわねばならぬ。ここは訴え出た者を罰し、二宮を立ててやる他はなかろう」

 重役たちの衆議が一致したちょうどその頃、桜町からも江戸藩邸に直訴状が届いていた。

 その頃桜町では、金次郎の回村の姿が消えたことから、村民たちの心にぽっかり穴が空いてしまっていた。そこで、民意を代表して一人の名主が、豊田罷免と二宮復帰の嘆願書を江戸に提出したのである。

 もちろん、二宮出奔に関して、小田原の殿様から桜町全体がお叱りを受けることを未然に防ぐ思慮もあったであろうが。

 藩主の使いの者がすぐに江戸から成田に向かい、藩の決定を金次郎に伝えた。

「そうですか。わかりました。では桜町に戻りましょう。しかし、訴え出た者に罪を与えてはなりません。願わくは、殿様には彼らの辛苦をねぎらって、これからも永く桜町の復興に尽くすようお命じ下さい」

 結局、藩は豊田正作を解任しただけで、他の者にはおとがめなしの沙汰を下した。

 金次郎の言を聞いた出訴者たちは皆恥じ入った。そればかりではなく、数年後に桜町に復帰した豊田正作は、以後二宮金次郎の強力な支援者に変貌していったのである。

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